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東京高等裁判所 昭和27年(ネ)1216号 判決 1957年12月24日

控訴人 原告 富士産業株式会社

訴訟代理人 岩田宙造 外五名

被控訴人 被告 国 外一名

指定代理人 青木義人 外四名

主文

原判決中主文第一項「被告東京国税局長に対する原告の確認の訴はこれを却下する」とある部分を除き、その余の部分を次の通りに変更する。

被控訴人東京国税局長が昭和二十四年九月三日附審査決定通知を以て控訴人に対してした控訴人の戦時補償特別税の課税価額更正決定に対する審査決定(この審査決定による課税価格金十五億千百七十二万九千八十七円五十一銭)中右更正決定による課税価格金十三億二千三百六十八万三千百四十六円九十九銭から右金十五億千百七十二万九千八十七円五十一銭に増額した部分を取り消す。

控訴人その余の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審を通じて三分し、その二を控訴人の負担、その余を被控訴人等の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決中主文第一項『被告東京国税局長に対する原告の確認の訴はこれを却下する』とある部分を除きその余を取り消す。被控訴人東京国税局長が昭和二十四年九月三日附審査決定通知を以て控訴人に対してした控訴人の戦時補償特別税の課税価額更正決定に対する審査決定(この審査決定による課税価額金拾五億壱千壱百七拾弐万九千八拾七円五拾壱銭)は之を取り消す。被控訴人国は控訴人が右審査決定課税価額中麹町税務署長の昭和二十三年八月十日附納税告知書に記載された戦時補償特別税金四億弐千弐拾参万八千円について納税義務のないことを確認する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人等の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は「右控訴を棄却する。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、立証及び之に対する相手方の主張は、控訴代理人に於て、

「(一)政府は昭和二十年太平洋戦争の戦況急迫するや、同年二月二十七日の閣議及び同年三月二日の閣議で決定したところに基き、控訴会社等特定の航空機工場に対する臨機非常の措置として、工場の土地、建物、その他の工作物、機械、器具その他工場の用に供する施設の全部を従業員と共に国営に移管することとし、控訴会社に対しては、同年四月一日の国家総動員法に基く工場事業場使用令書の令達と共に之を実施したのであり、控訴会社が当時その資材類の政府による買収に応ずるか否かにより、政府が右国営移管の成否を決すると言うような情勢にはなかつたのであるから、被控訴人主張のように真実右資材の買収契約がなされたものでないことが明らかである。又もし仮に被控訴人主張のように資材の買収契約が締結されたものならば、当然会社に対しその協議交渉が行われるべき筈なのに、政府と会社との間に何等の協議交渉も行われた事蹟なく、当時契約書も作成されなかつたのであつて、この事実に徴しても、資材の買収契約が行われなかつたことが明らかである。

(二)第一軍需工廠設立準備委員会は、会社企業を国営に移管するにつき、その基本方針や法的手段を審議する為のものではなく、その目的とするところは、軍需官が会社側委員に対し工廠の組織を了解させ、その業務運営が円滑に行われるようにするにあつたに過ぎず、工廠設立の基本方針に属する会社資材を如何にして取得するかと言う問題を審議する使命もなく、又その審議をした事蹟もないのであるから、資材買収案を右委員会に附議し同委員会が異議なく之を承認したから、資材買収契約が締結されたとする被控訴人の主張は誤つている。

(三)被控訴人は昭和二十年八月十七日の軍需大臣通牒(乙第六号証)及び之に基く同月十八日の会社宛第一軍需工廠長官通牒(甲第六号証)により、残存資材が会社に売渡され引渡された旨主張するけれども、元来右のような行政命令たる一方的通牒により契約が成立すること自体あり得ないことであるばかりでなく、更に被控訴人は当時右資材類の払下代金は追つて協定する旨の暗黙の合意があつた侭翌年に持越され、昭和二十一年一月八日確定的に代金算定方法が協定された旨主張しており、右主張は畢竟売買契約は前記八月十八日に成立したのではなく翌年一月八日に締結されたと言う趣旨に帰するから、資材類の所有権は右一月八日迄は依然国に属していたと言うことになり、被控訴人の前記八月十八日当時既にその所有権が会社に移転したと言う主張と矛盾し、この点から考えても残存資材につき譲渡契約が行われたとする被控訴人の主張が誤つていることが明らかである。

(四)商工省整理部が第一軍需工廠を整理する方針は、臨時軍事費の節減をはかるべく処理することと、国営移管による原会社の損失補償を他の軍需会社に比較して均衡のとれたものとすることにあつて、之が為には実際の事実が如何であつたかと言うことは問わなかつたのであり(現に当時会社が工廠にならなかつたものと擬制して整理する案すら出現した位である)、そこで工廠の開始及び廃止に伴う資材の所有権移転に関する法律関係につき、政府の国営移管方針、使用令書供用令書の法律効果等を審査することなく、単に政治的解決により整理の目的を達成しようとし、会社も又経済人として専ら自己の利益を図るべく接衝し、偶々乙第二号証の買収契約書及び乙第九号証と同旨の控訴会社に対する経理関係事務処理要領に基ずく代金支払請求の事実があつたので、政府が形式上買収代金支払債務を負担しているに拘らず、資材類が会社に復帰している為に、会社に不当な利益を与え不合理な結果となることを防ぐ為、有償払下の形式をとつたにすぎず、その実質は国営移管による資材の損失補償であつたのであるから、被控訴人が右整理部と会社との間の整理に関する交渉経緯を自己の主張の論拠に供するのは失当である。

(五)尚原判決が、右資材類の払下の原因方式及び対価の有無に関し、当事者がその間に存した争いを互に譲歩して解決する為、その具体的処理を定めた和解類似の無名契約をしたものであり、乙第四号証の昭和二十一年一月八日附覚書がその証として作成されたものと認定したのは、工廠設立時の資材類の接収も、終戦時の資材類の払下も、共に売買であるとする被控訴人の主張と同巧異曲であつて、その誤を同じくするものであり、乙第四号証の覚書第一項の『払下物件ノ保有ニ伴ヒ生ズベキ損害ハ「契約解除製作停止ニ伴フ損害賠償要領」ニ依リ処理スルコト』なる文言の趣旨は、単に払下資材の価額算定基準を示したものではなく、払下資材等は会社が終戦当時軍需生産の為保有していたものとして一般軍需会社の場合と同一に取扱つて処理する趣旨に外ならないのであり、又右覚書第四項の相殺を建前とすると言うことは、一般軍需会社の場合と同一の結果を求める為の方法を示したものに過ぎず、その真意は損失の補償につきその結果を一般軍需会社の場合と同一に帰着せしめることを目的としたものに外ならないのである。

(六)連合国最高司令部の昭和二十年十二月八日附覚書(甲第十二号証の二)によつて、政府は制限会社をして右覚書記載の条項を確実に履行させる為の措置を直ちに実行すべきことを命令され、政府も制限会社も右命令を国内法以上の効力あるものとして遵守し完全に実行していたのであり、而して司令部から政府に対し、控訴会社も右覚書の制限会社に対する規則に依るものであること、即ち資産を凍結すべきものであることの指令がなされ、その事を同月十五日甲第十二号証の一の大蔵省金融局長より会社に対する通牒で通達され、その為同日以後は会社は司令部の許可のない限り通常業務以外は会社の勘定の支払振替引出等一切厳禁され、従つて政府も会社も司令部の許可のない以上、如何なる形式を以てしても、本件資材に関し会社が之を四億二千余万円で買受けるとか、或はその対価名義で右金額を支払うべき債務を負担するとか言うような行為は絶対にできなかつたわけである。従つてこの点から考えても、会社が実質上右資材につき四億二千余万円の債務を負担したと言うことはあり得ないことである。

(七)工場の国営移管と共に資材の所有権が国に帰属した原因につき、原判決の認容した被控訴人の主張は、国家総動員法に基ずく使用令によつては国が資材の所有権を取得することはできない、又国は戦時中でも違法な行為をする筈がないから合法的手段たる資材の売買契約が暗黙裡に締結されたものと認むべきであるとするにある。

然しながらこのような黙示の売買がもし行われたとすれば、之も又会計法令に違反した違法のものであつて、このような違法な行為が行われたと言うことがあり得ないことになる。即ち右国営移管当時施行されていた会計規則(大正十一年勅令第一号)第八十五条によれば、各省大臣又はその委任を受けた官吏が契約をしようとするときは、契約の目的、履行期限、保証金額、契約違反の場合に於ける保証金の処分、危険の負担、その他必要な事項を詳細に記載した契約書を作成すべきものである。同第八十六条によれば右契約書には、当該官吏が記名捺印すべきこととなつている。又同第八十七条には各省大臣が右契約書の作成の省略し得る五つの場合を列挙しているが、之等は要するに少額の取引又は取引の性質上契約書の作成を必要としない場合及び各省大臣が契約書を作成する必要がないと認めたとき大蔵大臣と協議した上契約書の作成を省略する場合である。而して本件資材の売買が黙示の契約であると言う以上契約書を作成せず、当該官史の記名捺印のなされなかつたことが明らかであり、又契約書を作成しないことにつき大蔵大臣との協議を経ていないことも明らかであつて、当時十六億円以上の巨額の右資材の売買につき契約書の作成も行われず、又契約書の作成を省略するにつき大蔵大臣との協議も行われないと言うことは、明らかに前記会計規則に違反したものであり、このような違法行為が当時行われる筈がなく、従つて右資材の売買は当初から単なる仮装行為であつたものとしなければならないのである。

(八)控訴会社の工場の国営移管と共に国の所有に帰した資材が、終戦時の軍需大臣の通牒により、控訴会社の所有に復した法律上の原因として、資材の払下契約が行われたとする被控訴人の主張は、(イ)その契約書が作成されておらず、又その作成を省略するにつき大蔵大臣との協議が行われていないから、もしこのような契約がされたとすれば、右契約は(七)に掲記された通り前記会計規則に違反したものである。(ロ)このような契約の当事者も、その日時も、契約内容も、不明であつて、このような契約は民法上に於ても、会計規則上に於ても有効と認められない。(ハ)被控訴人の主張によれば、右契約に於て払下代金額は追つて協定する旨の暗黙の合意があつたと言うのであるが、もし仮にその通りであるとすれば、このような合意は会計規則の建前から見て同規則上許される理由がない。然らばこのような違法な払下契約が控訴会社と国との間にされる筈はなく、被控訴人の右主張の失当なることは明らかである。又右法律上の原因として原判決の認定したような無因の物権契約が行われたものとすれば、(ニ)契約書が作成されていないから、このような契約は前記会計規則に違反している。(ホ)右のように何等の原因をも指示することなく所有権移転の効果を生ぜしめる契約は、民法上一般に認められていないところであり、殊に会計官吏が原因なくして国有財産を他人に移すことを約することは、前記会計規則の趣旨に照らし法令上許されないところと解さなければならない。(ヘ)右のような契約は対価があれば売買であり、対価がなければ贈与となるが、そのいずれであるか判明しないのであつて、このような内容の曖昧な契約は会計法令上その効力を認められないところである。(ト)尚又仮に原判決の認定したように、右原因たる契約(乙第四号証覚書による契約)が資材の所有権移転を約した和解契約類似の無名契約であるとすれば、裁判外に於て官吏が国を代理して勝手に和解契約又は之に類似の契約をすることは会計法令の許さないところである。然らば資材の所有権が控訴会社に復帰した原因として原判決の認定した契約は違法のものであり、このような違法な契約が行われる筈はないのである。

(九)国と私人との間に民法上の相殺が行われた場合、政府会計官吏は会計法上支出官事務規程に基ずいて、歳入歳出の二通の小切手を発行し相殺額を歳入に納入して整理すべきものであるに拘らず、被控訴人主張の本件資材の買収代金と払下代金とにつき右の手続が行われなかつたのであり、この点につき原判決の判示するように、臨時軍事費特別会計に於て臨時軍事費の支出を軽減し予算の効率的運用をはかる為、相殺額の歳入納付を行わず、定額戻入により歳出予算に繰入れる一般に認められた慣行は存しなかつたのであり、原判決がこのような慣行の存したことが公知であるとしたのは重大な事実の誤認である。即ち当時施行されていた旧会計法第三十条も現行会計法第九条と同じく、返納金に限つて歳出の金額に戻入することを認めており、この原則に対し臨時軍事費特別会計に於てもその他の特別会計に於ても何等の例外が認められていなかつた。返納金とは要するに誤払過渡の返納を意味するものであつて、その手続は極めて異例な訂正措置であり、而も重大な過失による誤払過渡の場合にはこの手続が許されないのが、旧新会計法を通ずる一貫した原則である(予算決算及会計令第三十三条、旧会計規則第八十一条参照)。抑々定額戻入とは返納金による歳出予算の復活であるから、返納金は本来その歳出に淵源し、之と同一体のものであることを前提とする。然るに被控訴人主張の、相殺に於ては、政府の資材買収代金と払下代金とは各々独立した別個の債権であつて同一体ではないから、戻入手続の行われる余地はなく、又定額戻入の要件なる過誤払の観念が少しも含まれていないのである。従つて相殺と定額戻入とは元来両立しない観念であつて、相殺が定額戻入手続によつて行われたものとする原判決の見解は、会計法の本質的制度を誤解したものである。他面戦時中は臨時軍事費特別会計は議会に於ていつも無条件で要求全額に対し協賛を与えられたのであつて、右のような法規違背を冒して歳出の形式的節約をはかる必要は少しもなかつたばかりでなく、このような歳出の節約は単に形式的なものであつて実質的に節約とはならないから無意味なものであり尚昭和二十一年一月乃至五月は終戦後一年近くも経過した当時であつて、会計法規違反が行われる時期でなく、臨時軍事費特別会計の歳出を節約する必要のなくなつている時期であつた。要するに定額戻入手続により被控訴人主張の相殺を行うと言うことはあり得なかつたのである。尚又支出官が歳出の金額に戻入をしようとするときは、返納者に対し返納告知書を発しなければならない(旧会計規則第八十二条、旧支出官事務規程第二十七条、予算決算及会計令第三十四条、支出官事務規程第四十条並に附属書式参照)。之に基いて返納者から日本銀行に対し返納手続をし、日本銀行が返納金を領収したときは之に相当する金額について支出計画の金額に戻入の記帳をし、その旨を支出官に通知すると共に返納者に対し領収証を発行しなければならない(旧会計規則第八十三条予算決算及会計令第三十五条参照)。然るに被控訴人主張の相殺の場合に於ては、法令の要求する返納告知書が発行されておらず、返納者(即ち控訴会社)から返納手続もされておらず、日本銀行の記帳手続も支出官への通知も、返納者に対する領収書の発行も行われておらず、要するに実質的に過誤払と言う戻入手続の要件が満たされていないばかりでなく、戻入に伴い会計法令上要求された手続が何一つ実行されていないのであつて、この事実に徴し原判決の認定したような定額戻入の行われなかつたことが明らかである。然らば会計法上相殺の場合に要求される手続を定額戻入を以て代えたとする被控訴人の主張及び原判決の見解の誤つていることが明らかである。

(十)課税価格又は所得金額の決定の語は往年賦課課税主義時代に用いられ、申告制度の採用された後に於ては、決定の語は所得税法、法人税法等すべての税法を通じて納税者の申告のなかつた場合に用いられ、申告があつて修正する場合には更正の語を用いているのが新旧すべての税法を通ずる一貫した用例であり、決定の語を以て右のような決定及び更正の両者を含む意味に用いた例は、新旧各種の税法を通じて一箇所も存しない。従つて戦時補償特別措置法(以下戦補法と略称する) 第三十一条の「これを決定する」を課税価格決定の意義たらしめるには、「更正又は決定」の語を使用しなければならない。又 同条は審査請求に対し国税局長のなすべき処理の全部を規定したものであることも疑問の余地のないところである。然るにもし右の「これを決定する」を以て課税価格を決定するの義に解するならば、例えば審査請求が法令の定める要件に合しない為之を却下する場合の規定が脱漏していることとなる。尚右のような解釈が不当であることは昭和二十五年の税法改正によつても明瞭になつた。即ち現行所得税法第四十八条及び 第四十九条は旧所得税法第四十八条乃至第五十条に該当するが、旧法第五十条の決定の語は新法第四十八条及び第四十九条にそのまま承継使用されているが、その内容は請求の却下、請求の棄却、処分の取消等を意味し、課税価格の決定を意味するものでないことが一目瞭然となつたのであり、この事実から見ても戦補法第三十一条、旧所得税法、旧法人税法の「之を決定する」の意味が審査請求の当否を決定することであることが明瞭である。又昭和二十二年法律第二十九号で改正された国税徴収法第三十一条の二第一項には「租税の賦課徴収に関する処分又は滞納処分に関し異議ある者は(中略)、当該処分ありたる日より二ケ月以内に不服の事由を具し政府に審査の請求をなすことを得」と規定し、同第三十一条の三には「政府は前条第一項の請求ありたるときは之を決定し当該請求人に通知すべし」と規定している。右第三十一条の二は戦補法第三十一条と一字一句の差異もない規定であり、前者が滞納処分に対する不服の申立をも含むのであるから、右第三十一条の三の「之を決定し」が課税価格を決定する意味でないことが明瞭であり、この点は現行国税徴収法第三十一条の二及び三を見れば一層明瞭であつて、同じ年代に全く同一の字句を使用した戦補法第三十一条も同様に解釈すべきことは疑のないところである。尚原判決が事務簡素化を理由として、前記の「これを決定し」の意味を課税価格を決定する趣旨に解したことも誤りであつて、即ち原判決の見解を推し進めて行けば、結局税務署と国税局なる二段の行政機構の存在が事務簡捷に反すると言う結論に到達せざるを得ないのであるが、国家は他の諸々の理由により、税務署長、国税局長、国税庁長官、大蔵大臣等数段階の徴税機構を設け、法令により各々の職務権限を定め、相犯すことのないように定めているのであり事務簡素化の理由により右の組織法令を無視してはならないのである。

(十一)被控訴人の後記(六)の主張に対し、国の会計の正確性確保は現代国家の行政運用の一要件であり、その為に憲法上会計検査院なる特殊の監督機関が設けられてあり、更にその上に国会が決算委員会等を通じ監督権を行使する仕組となつており(憲法第九十条)、この制度は旧憲法でも同様であつた。この事は会計制度及び会計法規の遵守が国政運営上いかに重要であるかと言うことを示すものである。然るに被控訴人が会計法規は訓示的性質のものであつて強行法規乃至効力規定でなく、担当職員によつてしかく厳格に遵守されて来たものでないと主張しているのは、国自から会計法規を軽視する不可解至極のものである。又会計法規は平時と戦時とに関係なく守られるようになつており、被控訴人主張のように不均衡予算の場合に会計法規を格遵していては急激な財政上の必要に応じ得ないうらみがある等と言うことは、財政の実情を知らない言であつて、不均衡予算の場合でも公債又は借入金によつて不足財源を補填し歳入歳出の均衡が保たれ、旧憲法施行以来歳入不足の儘の予算は一回も実在したことがなかつたのであるから、会計法規無視の非常手段をとる必要などは未だ曽て存しなかつたのであり、従つて被控訴人主張のように不均衡予算の場合急激な財政上の必要に応じ得ない為会計法規を破つた事例は一度もなかつたのである。

(十二)被控訴人の後記(七)の主張に対し、会計規則第八十五条に於て契約につき契約書を作成すべきことを規定しているのは、契約書を契約と同時に作成することを要求しているのであつて、その作成が三ケ月後でも良いと言うのではない。三ケ月後で良いならば六ケ月後でも一年後でも差支ないことになる。このような事では国の会計上の利益が擁護される筈はない。而も本件の資材の国営移管のような控訴会社としてその全資産の大部分を占め、国としても一般会計の年予算の半額にも匹敵するような大きな取引が右会計法規を無視して行われると言うことはあり得ないのである。仮に契約書の作成が若干遅れた事例があるとしても、それは会計法上資格ある当事者間で契約の交渉をして一応結論に到達したけれども、何等かの事情で契約書の作成が遅れたか、或は印鑑を忘れて捺印が一日遅れたと言うような場合であつて、本件資材の国営移管の場合と同一に論ずべきでない。

(十三)被控訴人の後記(九)の主張につき、本件資材の買収代金と払下代金との相殺につき被控訴人主張の(イ)の処理が行われたとの主張は、原判決の認容した相殺の手続に代えるに定額戻入の手続をとつて歳出予算に繰り入れたと言う被控訴人の従来の主張を全く変更したものであり、之により右の従来の主張及び原審の認定は根底から崩壊したのであつて、この事は被控訴人の主張の根拠のないことを証するものである。而して右(イ)のような経理措置をとつたならば相殺額について政府の債務の消滅したことの会計法上の成規の証拠が残らず、又政府の資材払下代金はいつまでも未徴収の形で残ることとなり、そのような事が一件でも実在する筈はない。」と述べ、立証として甲第二十三乃至第三十号証を提出し、甲第二十九号証は佐藤幸一が商工省に提出した書類の写であると述べ、当審証人佐々木恭太郎、関谷記、崎谷金二、佐藤幸一の各証言を援用し、乙第十七号証の一、二、第十八号証の成立を認め、乙第九号証、第十六号証の一乃至九、第十七号証の二を援用し、

被控訴代理人に於て

「(一)控訴人主張のように政府が使用令書及び供用令書の令達によつて控訴会社の工場も資材も一括して事業と共に工廠の経営に転換させる意図を有し且右令達により右意図を達成し得るものと思料し、控訴会社又同様の考えの下に右令書を受領したとしても、使用令及び供用令によつて資材の所有権を工廠に移すことは法律上不能であるからその所有権移転の法律原因は他の行政処分か又は私法上の合意の内に之を求める外はないところ、当事者の法律的認識は暫く別とし、前記のように当事者双方共使用令供用令の令達により資材の所有権を移転させる意図の下に令書を受授したのであるから、控訴人の右主張に従つても当時政府と中島飛行機株式会社(以下原会社と称する)との間に資材移転の合意が少くも暗黙の内に成立していたものと見るのが寧ろ法律解釈の常識である。而も本件の場合に於ては戦時の国策として、工廠設立の方針が確立され、工場事業場に対しては使用令書が発せられ、職員に対しては供用令書が発せられることになつており、その上資材は総動員物資である関係上他に任意処分することは法律的にも経済的にも極めて困難であり、又原会社が之を保有していても無意味な実状にあつたのであり、而も当事者間には資材の移転に伴い買収の方法でその簿価相当の対価の支払われることが的確に了解されていたのであり、このような事情にある場合には資材の所有権移転原因が原判決の認定したように売買であると見るのが最も妥当な見解であり、仮に売買契約の成立を認め難いとしても当事者間に他日に対価の支払を期待してとりあえず所有権を移転する旨の黙示の合意がなされ、之によつて資材の所有権が移転したものと解する外なく、又このように解するのが合理的である。

(二)政府は終戦直前の昭和二十年八月十四日「軍其他ノ保有スル軍需用保有物資資材ノ緊急処分ノ件」なる閣議決定を行い不日進駐すべき米軍による資材の押収等を恐れ、敗戦後の事態に備えて

「陸海軍ハ速カニ国民生活安定ノタメニ寄与シ民心ヲ把握シ以テ積極的ニ軍民離間ノ間隙ヲ防止スルタメ軍保有資材及物資等ニ付キ穏密裡ニ緊急処分措置ス

尚陸海軍以下ノ政府所管物資等ニ付テモ右ニ準ス

例示

一、軍管理工場及監督工場ノ管理ヲ直チニ解除ス、此ノ場合製品半製品及原材料ノ保管ハ差当リ生産者ニ一任ス

二、軍ノ保有スル兵器以外ノ衣糧品及其ノ材料、医薬品及其ノ材料、木材、通信施設及材料、自動車(部品ヲ含ム)船舶及燃料等ヲ関係庁又ハ公共団体ニ引渡ス

三、軍作業庁ノ民需生産設備タリ得ルモノハ之ヲ適宜運輸省関係ノ工機工場其ノ他民間工場ニ転換ス

四、食糧(砂糖ヲ含ム)ヲ原材料トスル燃料生産ヲ即時停止ス

五、軍需生産ハ之ヲ直チニ停止シ工場所有ノ原材料ヲ以テ民需物資ノ生産ニ当ラシム」

と定めた。而して第一軍需工廠の保有物資は右閣議決定の「陸海軍以下の政府所管物資」であるから、当然に右決定に言う緊急処分の対象となるものである。昭和二十年八月十七日の軍需工廠長官宛の軍需大臣の電報通牒(乙第六号証)及び同月十八日の原会社宛の第一軍需工廠長官の通牒(甲第六号証)はいずれも右閣議決定の趣旨に副つて発せられたことが明らかであり、控訴人主張のように当初からの資材を返還すると言う方針を実現する為発せられたものではない。而して政府は同月二十八日の閣議決定で前記の「軍其他ノ保有スル軍需用保有物資資材ノ緊急処分ノ件」を廃止したのでいわゆる放出軍需物資をめぐる法律的関係が一段と複雑不明朗なものとなつて行つたのであつて、之等の事情に徴すれば原判決が乙第四号証の覚書を和解類似の無名契約と見たのは正当であつて、控訴人が乙第四号証を以て原会社を一般軍需会社と同一に取扱う為国家の会社に対する要償額を定めることを目的としたものと主張したのは当を失した見解である。

而してもし控訴人主張のように工廠廃止の際は工廠の保有する資材を原会社に返還すると言う合意が当事者間に成立していたとすれば、少くも第一軍需工廠設立に関する経理関係事務処理要領に返還の時期、方法、目的物、価格等についての定め、少くも返還価格につきその具体的基準が示されて然るべきであるのに、その定めが全然示されていないし、同工廠設立準備委員会に於ても之等の点につき検討が行われた事蹟もないのであつて、之等の事実に徴すれば右のような合意がなかつたことが明らかである。畢竟いわゆる残存資材を原会社に返還するについては政府の抽象的な一般方針が定まり、何等かの措置によつて控訴会社が取得できるような方策の講ぜられるべき事実的の了解があつただけで明示は勿論黙示の返還の合意も全くなかつたものと認定すべきである。尚控訴会社が金十六億五十余万円の買収代金の支払を求め、昭和二十年八月二十六日及び同年十月一日の二回に亘り合計六億五千万円の支払を受けている事実も又右認定を裏付けて余りがある。

(三)収用処分は継続的な処分ではないから控訴人主張のような将来に対する処分の解除という観念は成立しないから、仮に控訴人主張のように使用命令の内に収用命令が内包されているとしても、使用命令の解除によつて収用命令も又解除せられ目的物の所有権が当然控訴人に復帰すると言うことは法律上考えられないことである。

(四)仮に控訴人がその主張の資材の国営移管による損失補償請求権を取得したとしても、乙第二号証の契約書によればその金額は十六億五千五百余万円と協定せられ、代金請求書受理後十五日以内に東京においてこれが支払をなすものとす、と定められ、原会社は現に昭和二十年七月頃その請求をしているのであるから、右損失補償請求権はいわば完成された独立の債権であると言わなければならない。従つて一度工廠に移転した資材が工廠廃止後に会社に返還(再移転)され会社の損失がその限りに於て填補されたとしても、それはあく迄事実上の問題であり、法律的にはその旨の特別な約定のない限り当初の損失補償請求権が当然に減縮される筈はない。従つて乙第四号証の有償払下げに関する覚書が控訴人主張のように原会社を一般軍需会社と同一に取扱う為国家の原会社に対する要償額を定めることを目的としたものであるとしても、当初の損失補償請求権と爾後の要償請求権とが法律上当然に差引計算せらるべき根拠はなく、右両個の債権は昭和二十一年五月会社が乙第五号証の請求書を提出したとき初めて対当額につき相殺され戦補法第二条に言う決済があつたものと考えるのが正しい法律解釈であり、従つて控訴人の主張に従つても右「決済」を否定することはできないわけである。

(五)控訴人主張の「制限会社に対する規則」は日本政府に対する連合国最高司令部の指令であり、その内容は財閥関係会社がその資産を不当に処分するのを防止することを目的としたものであつて、通常業務の遂行を妨げる意図を有するものではなく、殊に控訴会社は昭和二十年十一月二十七日附で第八軍司令部経済課から生産量を制限されることなく、民需転換の許可を受け、「資材、部品及組立部品ノ取得並ニ製品ノ処分及販売価格ノ設定ハ日本帝国政府ノ規定ニ依ル」(甲第二十号証)と指示されているのであるから、民需生産に必要欠くべからざる本件資材の有償取得については「制限会社に対する規則」はその適用がないものと解すべきである。尚右十二月八日の最高司令部の覚書は、勅令「会社ノ解散ノ制限等ノ件」として制定公布されているが、同勅令は第一条及び第一条ノ二に於て制限会社の事業の譲渡、解散等に関する株主総会の決議等については、「大蔵大臣ノ認可ヲ受クルニ非ザレバ其ノ効力ヲ生ゼズ」と規定しているに拘らず、通常業務以外の取引を制限する第二条に於ては、「行為ヲ為サントスルトキハ……大蔵大臣ノ許可ヲ受クベシ」と規定するに止まるのであつて、前者が効力規定であるに対し、後者が取締規定であることが明らかであるから、仮に有償払下に関する本件取引について覚書違反の点があつたとしても、その私法上の効力には何等の影響がないものと解すべきである。

(六)会計法規はその大部分が訓示的性質のものであつて、決して強行法規乃至効力規定ではなく(東京控訴院昭和七年(ネ)第四二九号、昭和十年七月十六日判決)、又担当職員によつてしかく厳格に遵守されて来たと言い難く、この後者の点は戦時中及び戦後の混乱期に特に顕著であつた。すなわち国の行為といえども、私法上の行為については原則として民法商法その他一般私法の適用を受けるのであつて、会計法規は特殊のものを除き一般私法に修正を加えたものでないと解されている。例えば会計法規が国の契約につき、或は契約書の作成を規定し(本件契約当時施行の会計規則第八十五条、現行予算決算会計令第六十八条)、或は競争に付すべきことを規定し(当時の会計法第三十一条、現行会計法第二十九条)ていても、それは国の契約を要式行為とする趣旨でなく(大審院昭和八年(オ)第二〇五一号昭和九年三月一日判決)、又競争によらない国の契約を無効とする趣旨ではないのである。それ等の規定は官紀を維持し、公務員の恣意によつて国損を招くことを防止する為に公務員に対する訓示として設けられているに外ならない。之はすべて会計法規違反の契約等につきその私法的効力を否定するとその結果相手方に不当の損害を及ぼしその保護に欠けることとなることによつても明らかである。而してこの訓示的性質の会計法規が前記の通り厳格に遵守されて来なかつた原因の一端を挙げれば、会計法規は公務員に対する訓示たる性質上甚だ精緻且厳格にできており、従つて多岐にわたる万般の会計上の行為につき常にその違背なきを期し難いと言う現実の事実がある。更に又この会計法規は、ことが平常の事態で、而も国の予算に一応の均衡が保たれていることを前提として規定されていると言つても過言でないのであつて、非常の事態に際会し、又予算が均衡を失しているような場合には之を文字通り格遵していては、特に急激な財政上の必要に応じ得ないうらみがあり、特に戦時中及び終戦後の混乱時代にはそれが甚しかつたのである。

(七)昭和二十年四月一日の本件資材等買収契約につき契約書が直に作成されず、その後同年七月になつて始めて作成されたことが会計法規違反であつて、国がこのような違反をする筈がないとの控訴人の主張につき、なる程当時施行の会計規則第八十五条は「各省大臣又ハ其ノ委任ヲ受ケタル官吏契約ヲ為サムトスルトキハ契約ノ目的、履行期限、保証金額、契約違反ノ場合ニ於ケル保証金ノ処分、危険ノ負担其ノ他必要ナル事項ヲ詳細ニ記載シタル契約書ヲ作成スベシ」と規定していたから、本件資材買収契約のように契約の日から三ケ月も経過後に初めて契約書を作成するようなことは一見法規違反であるように見えるけれども、当時このようなことは頻繁に行われていたのであつて、右規定の解釈上も必ずしも法規違反とは言えないのである。すなわちこの会計規則の規定が国の契約を要式行為とする趣旨のものでないことは前記の通りであつて、結局右規定は契約の際に遅滞なく契約書を作成すべきことを各省大臣及びその委任を受けた官吏に訓示したものと解されるところ、本件資材買収契約の場合は代金額の確定(その算定の基準は経理事務処理要領に示され、当事者間に諒解が成立していたが、その儘では会計法規所定の契約書を作成し得ず、その作成は代金額の確定を待つて行われなければならない。)に三ケ月の日子を要し、その確定を待つて直ちに日附を契約の日たる四月一日に遡及した契約書を作成したのであつて、これを法規違反の行為とすることはできないのである。而してこのように契約当時直ちに契約書を作成することなく、後日之を作成すること(契約書の日附を遡及させる場合と然らざる場合とがある)は、平常時に於ても相当に行われているが、戦時中及び終戦直後には特に頻繁に行われた。

(八)会計法上国の契約は黙示の契約としては成立し得ないと言う控訴人の主張につき、国の契約でも一般私法の適用を受けるものであることは前記の通りであり、黙示の契約の成立が妨げられるものではない。尤も黙示の契約は会計法の趣旨から考えて望ましいことではなく、又純粋な形の黙示の契約が行われることは実際上も稀有であるが、本件資材等買収契約は純粋な黙示の形式によつたものでなく、むしろ明示の契約と言つてよいものである。すなわち第一軍需工廠設立の際当時の軍需省航空兵器総局経理局係官は同局長統裁の下に本件資材等を控訴会社から買収すべきこと及びその他の事項を定めた「第一軍需工廠設立に関する経理事務処理要領」を策定し同局長の意を体して之を控訴会社の社長兼生産責任者中島喜代一を委員長とし、控訴会社の首脳者及び軍需省係官のみを委員とする第一軍需工廠設立準備委員会に附議したところ、同委員会も異議なく之を承認したのであるが、この委員会が政府と控訴会社との間に於て控訴会社の企業を第一軍需工廠に移管するについての具体的な諸問題を相互の間に協議することを目的としたものであつて、右の承認を得た上で政府が本件使用命令及び供用命令を発したところ、控訴会社でも之に応じ即日使用命令の対象たる固定施設と共に本件資材等を政府に引渡し、このようにして両者の間に本件資材等の買収契約が成立したのであり、以上の事実関係から見れば右契約は明示の契約と見ることができるのである。

(九)わが国の会計法規は旧法新法を通じて歳入歳出を明確に区分し、その間の混同を禁止する建前をとつている。従つて国の収入となるべきものはすべて之を歳入に立て、一方国の支出となるべきものはすべて之を歳出予算から支出することとして、予算を経由することなく歳入が直ちに歳出として流出することを禁止している。旧支出官事務規程(大正十一年大蔵省令第一号) 第二十五条第一項が「支出官民法ノ規定ニ依リ政府ノ債務ノ一部ニ付私人ノ債務トノ間ニ相殺アリタル場合ニ振出ス小切手ハ政府ノ支払金額ヨリ相殺額ヲ控除シタル残額ヲ券面金額トスベシ」、同第二項が「支出官ハ前項ノ小切手ノ振出ト同時ニ相殺額ニ相当スル金額ヲ券面額トシ歳入所属ノ当該官庁ヲ受取人トスル小切手ヲ振出シ且表面余白ニ「相殺額」ノ印ヲ押捺シ之ヲ当該相殺額ニ対スル納入告知書ニ添付シ小切手ノ支払店ニ交付シ振替払込ノ手続ヲ為サシムベシ」と規定しているのは、右の歳入歳出混同禁止の建前に則り、相殺額を一方は歳出予算から控除し、他方歳入に納付すべきことを命じたものに外ならない。従つて本件の相殺でも、この規定に従つた会計処理が行われなければならないことは控訴人主張の通りである。然しながら右の歳入歳出混同禁止の建前が現実では必ずしも厳格に貫かれ、その違背がない訳ではなく、(イ)相殺残額についてのみ歳出予算支出(残額が国の債務である場合)又は歳入納付(残額が国の債権である場合)の手続をとり、相殺額については歳入歳出両面の手続を全く放置してしまう(従つてこの場合には定額戻入の問題は生じない)処理や、或は又(ロ)相殺残額についても一応は歳出予算支出の形式(残額が国の債務である場合)をとりながら、之を歳入に納付することを怠り、歳出予算の過誤支出として再び之を歳出予算に定額戻入してしまうような処理が時に行われないこともないのであつて、臨時軍事費特別会計では特に之が著しく、本件の場合には右(イ)の処理が行われたのである。右(イ)(ロ)のような会計法規無視の処理は歳出予算を節約してその効率的運用を図り歳出予算の膨脹を防ぐ見地から、行われるのであつて、常識的に考えれば相殺を会計法規に則つて処理した場合と右(イ)又は(ロ)の処理を行つた場合とで、国庫から現実に流出する金額に変りはないのであるから、このような変則的処理を行う必要はないように考えられるが、予算処理の問題としては会計法規に則つた処理の場合は歳出予算が相殺残額だけ膨脹し、右(イ)又は(ロ)の処理の場合はその膨脹が抑制される結果になるので特に臨時軍事費等につきその予算規模の拡大を避けようとして往々(イ)(ロ)の処理が行われたのである。従つて本件における相殺後の会計処理が法規通りに行われなかつたことから相殺そのものを否定する控訴人の主張は失当である。」と述べ、立証として乙第十七号証の一、二乙第十八号証を提出し、甲第二十三、第二十四、第二十七、第二十八及び第三十号証の各成立、第二十五、第二十六及び第二十九号証の各原本の存在及び成立を認め、甲第二号証の二、第六号証、第十五号証の一、二、第二十号証及び原審証人牛山雅夫の証言の一部、当審証人寺門英の証言を援用し

た外、原判決事実摘示と同一であるから之を引用する。

理由

当裁判所は控訴人の本訴請求中麹町税務署長の昭和二十三年八月十日附納税告知書記載の戦時補償特別税金四億二千二十三万八千円につき納税義務のないことの確認を求める部分を理由のないものとし、原判決が右部分の請求を排斥したのを相当とするが、その理由は後記(い)乃至(ほ)の削除訂正をし、(へ)乃至(る)の各事項を附加する外、原判決に記載してあると同一であるから、この点に関する原判決の理由を引用する。

(い)原判決理由中左の各部分を削除する。

A、原判決一七〇頁六行目第一九字から同一七一頁五行目第五字までの部分。

B、同一七三頁一行目第二五字から同二行目第一五字までの部分。

C、同一七五頁一〇行目第一七字から一七六頁六行目第二二字までの部分。

D、同一九五頁五行目第一八字から一九六頁一行目第二字までの部分。

E、同一九六頁八行目第二字から同一九八頁八行目第一一字までの部分。

F、同二〇二頁四行目第二〇字から同五行目第一六字までの部分。

G、同二〇四頁九行目第二四字から同一〇行目第一一宇まで、及び同一一行目第一七字より同一二行目第四字までの各部分。

(ろ)原判決の理由中一八五頁の終行から二行目中「乙第三号証」とあるのを「乙第二号証」と訂正する。

(は)原判決の二二四頁一〇行目第二七字から同一一行目第一三字までの部分「ことは前示(四三)(四八)のとおりである」という部分を削除し、同所に「ものと解される」を挿入する。

(に)昭和二十年八月十八日に行われた資材の払下に於て、右払下を有償とすること及びその対価の額につき当時当事者間に明示の意思表示がなかつたことは原判決認定の通りであり、前記認定(即ち原審認定)にかかるその後控訴会社から商工省整理部に対し右払下を無償とすることの要求がされたけれども、その申出は商工省整理部の一蹴するところとなり、結局当事者間に対価が協定された事実(原判決二二九頁、二三〇頁)、右払下契約の基本となつた昭和二十年八月十七日附第一及び第二軍需工廠長官宛の軍需大臣の通牒に官設民営施設及び機械類は原会社に無償払下げるべき旨指令しながら、資材については努めて民需に振向ける如く処理する様指示したに止まり、無償払下げるべき旨の指示がされてない事実等と、成立に争のない乙第四号証とに徴すれば、昭和二十年八月十八日には当事者間に払下を有償とするか否か、及び有償とした場合に資材の相当な対価を協議決定すべき旨の暗黙の約定がされ、これに基いて昭和二十一年一月八日乙第四号証覚書をもつて右払下を有償と定め、且対価の金額の算出基準を協定し、更に同年五月頃までに前認定(即ち原審認定)の対価の金額が協定されるに至つたものと認むべきであり、従つて右資材の払下契約は当初その法律上の性格は未確定であつたところ、前記約定に基き昭和二十一年一月八日の覚書によつて政府から資材を控訴会社に売り渡し、控訴会社がこれに対し資材の対価即ち代金を政府に支払うことを約した売買契約に確定したものと解すべきであり、尚右認定の諸事実に徴し、右協定された代金額は相当なるものと認められる。原判決の理由中右当裁判所の右説示するところと牴触する部分は右の通りに訂正する。

(ほ)臨時軍事費特別会計に於て臨時軍事費の支出を軽減し、予算の効率的運用をはかる趣旨から相殺額の歳入納付を行わず、定額戻入により歳出予算に繰り入れることが一般に行われ、本件資材類の控訴会社から政府への買上代金と、その政府から控訴会社への払下代金との相殺も又右に従つて行われたのであることは成立に争のない乙第十八号証及び当審証人寺門英の証言により認めることができ、本件にあらわれたすべての資料によつても右認定を覆えすに足りない。原判決理由中右認定の事実を公知であるとしている部分(原判決二三二-二三三頁)は当裁判所が右説示した通りに訂正する。

(へ)原本の存在及び成立に争のない乙第十六号証の六記載の太田輝の証言、同じく乙第十六号証の七記載の崎谷金二の証言、同じく乙第十六号証の九記載の佐々木恭太郎の証言、原審証人牛山雅夫、山本昇、太田輝、崎谷金二の各証言中前記(に)に於て示した当裁判所の認定に反する部分、当審証人佐々木恭太郎、関谷記、崎谷金二の各証言中以上当裁判所のしたすべての認定に反する部分はいずれも信用し難く、成立に争のない甲第二十三、第二十四、第二十七、第二十八及び第三十号証、原本の存在及び成立に争のない甲第二十五、第二十六及び第二十九号証、並びに当審証人佐藤幸一の証言によつても以上の認定を覆えすに足りない。

従つて以上の認定に反する事実を前提とする当審に於ける控訴人の(一)乃至(五)の各主張はいずれも認容し難いところである。

(と)控訴人の当審に於ける(六)の主張につき、控訴人主張の連合国最高司令部の覚書に基く昭和二十年十二月十五日の大蔵省金融局長の通牒により同日以後右司令部の許可のない限り通常業務以外に控訴会社がその主張の各行為を禁止されたことは成立に争のない甲第十二号証の一、二により明らかであるけれども、同覚書第二項C号では会社の業務遂行上附随的なものに限る会社の勘定からの支払を禁止項目から除外していることが認められるところ、成立に争のない甲第二十号証によれば控訴会社は昭和二十年十一月二十七日附で第八軍司令部から民需転換の許可を受け、之が為必要な資材の取得を許されたことが認められ、本件払下資材が右民需生産の必要物であり、且控訴会社がその目的を以て払下を受けたことは前認定の払下契約及び代金額協定の経過に照らし之を窺知することができ、且右協定された払下代金額が相当であること前認定通りであるから、右資材払下契約及び前記代金額協定及び相殺の契約はすべて控訴会社の通常業務の遂行に属するものと解すべきであり、従つて前記制限の適用から除外されているものと言うべく、その適用あることを前提とする控訴人の主張は理由のないものと言わなければならない。

(ち)控訴人の当審に於ける(七)及び(一二)の主張につき、当裁判所の認定したのは控訴会社の工場の国営移管に際し行われた資材の売買契約を控訴人主張のように暗黙の契約としたのではないから、その暗黙の契約と認定したことを前提とする控訴人の主張は採るに足りない。而して控訴人主張の会計規則所定の契約書は契約締結の事実の一の証拠方法に過ぎず、その作成が契約の成立要件又は有効要件とは解せられないから、その作成がない為契約自体が違法であるとはし難いばかりでなく、右契約書は必ず契約締結と同時に作成しなければならないものと解すべき根拠はなく、やむを得ない場合に後日作成することは勿論差支ないものと解すべきであり、本件資材の売買契約に於ても売買価額の基準となるべき帳簿価額を算定するに日数を要したこと等の為漸く昭和二十年七月中に至り売買価額も確定したので同年四月一日附を以て乙第二号証の契約書を作成したのであること当裁判所が先に認定した(即ち原審の認定した)通りであつて、右認定したところに徴すれば、契約書の作成が右の通り後れたことはやむを得ない為であると解せられるから、本件資材買収契約につき契約書が作成されなかつたと言うことを理由とする控訴人の右主張は到底之を認容することができない。(尚右契約書たる乙第二号証には控訴人主張の保証金額、契約違反の場合に於ける保険金の処分、危険の負担等の事項につき記載されていないけれども、之等事項は政府の行う契約の絶対要件であるとは解し難いから本件資材の買収に於て之等事項につき特約が行われたことを認め難い以上、乙第二号証の契約書に之等事項に関する何等の記載もないが故に控訴人主張のように前記の本件資材の売買契約が行われなかつたとか、同契約が仮装のものであるとか解さなければならないものではない。)

(り)控訴人の当審に於ける(八)の主張の内(イ)の主張については前記(ち)に於て説示した通り旧会計規則第八十五条所定の契約書は国の締結する契約の成立要件又は有効要件ではなく、従つてその作成が行われなかつた為契約自体が違法となるものではなく、而して契約書が作成されなかつたことが違法であるとしても、之を以て必ずしも契約が締結されなかつたと断定すべき資料とはし難いから、すでに前記の通り他の資料により資材払下契約締結の事実を認定した以上右(イ)の主張は之を認容するに由なく、同(ロ)の主張につき、以上認定したところによれば本件資材払下契約に於てはその当事者も、締結日時も、契約内容も、すべて明確であると解せられるから、之等の点が不明であるから右契約が有効でないとする右主張は到底認容することができない。同(ハ)の主張につき、国の締結すべき契約の内容も原則として自由なるべきものと解すべきであり、本件資材払下契約において前認定のように払下を有償とするか否か及び払下代金額を何程とするかは追つて協定すべき旨の約定が会計規則上許されないものと解すべき根拠を見出すことができないから払下代金額を追つて協定すべき旨の契約は別段控訴人主張のように違法のものとすることはできない。然らば以上認定の資材払下契約が法律上違法であり又は有効でないから、このような契約が行われる筈がないとする控訴人の主張はすべて失当である。尚当裁判所は右資材払下の原因を原審の認定したような無因の物権契約としたのではないこと前記の通りであつて、之を無因の物権契約とした原審の認定を非難する控訴人の(ニ)乃至(ト)の主張に対する判断は不必要であるから之を省略する。

(ぬ)控訴人の当審に於ける(九)及び(一三)の主張につき、歳出の返納金の定額戻入の手続はもとより誤払過渡の場合の制度であつて本来相殺の場合に用いられるべきものではないこと控訴人主張の通りであるけれども、当裁判所が前記(ほ)に於て認定したところは右の制度を前記資材の買収代金とその払下代金との相殺に利用したと言うに外ならないのであつて、控訴人主張の戦時中及び終戦後の情勢下に於てもこのような措置があり得ないものとはし難く、又返納金に関する控訴人主張の手続は畢竟現実に返納金の授受の行われる場合を予想した制度であつて返納金の現実の授受の行われない相殺の場合にはその必要のないものであり、従つて本件の相殺に右手続が行われなかつたとしても之が為右相殺が無効となるものではなく、右定額戻入の手続が行われなかつたことを以て前記認定を覆えすべき資料とすることはできない。その他控訴人主張のすべての資料を以てしても前記認定を覆えすに足りないのであつて、定額戻入手続による相殺が行われる理由がないと言う前提に基ずく控訴人の主張は之を認容することができない。

(る)控訴人の当審における(一一)の主張につき、被控訴人の主張するように会計法規の大部分が強行法規でないものとは到底断じ難く、むしろその大部分はその性質上本来強行法規であるものと解さなければならないけれども、之等会計法規が強行法であるが故に之に対する違背が行われないものとは解し難くしかもこれ等強行法規の違背行為であるが故に無効であるとはいうことができないから本件資材類の国営移管及び払下が売買契約を以て行われたとすれば控訴人主張のような会計法規違背を来たすが故に前記認定を覆えして前記資材類の国営移管及び払下が売買契約を以て行われたものでないとすることはできない。

然しながら麹町税務署長が昭和二十三年八月九日にした更正決定に対し、控訴人がその主張の通り被控訴人東京国税局長に審査請求をしたところ、之に対し昭和二十四年九月三日附を以て控訴人主張の通り右麹町税務署長のした決定を維持したばかりでなく、その決定課税額を金十五億千百七十二万九千八十七円五十一銭に増額する審査決定をしたことは当事者間に争がないところ、右審査決定を以てこのような増額をすることは、次の(一)及び(二)の理由により違法であつて、右増額をした部分に限り取消を免れないものといわなければならない。

(一)税務署長のした決定に対する審査請求を許した制度が、専ら納税義務者を不当な課税決定から救済する為のものであることは、この制度を定めた戦時補償特別措置法第三十条及び 第三十一条が同法第五章審査、訴願及び行政訴訟の章中に規定されていることに照らし明らかであるところ、被控訴人東京国税局長が前記審査決定においてしたように、原決定の課税額を増額することは、右審査請求の制度の本来の目的に反するものと言わなければならない。而して現行所得税法第四十九条第六項及び法人税法第三十五条第五項において、所得税又は法人税につき審査の請求があつた場合に、国税庁長官又は国税局長のすべき決定は、右請求を不適法として却下するか、理由のないものとして棄却するか、又はその全部又は一部につきその理由があると認められる場合、審査請求の目的となつた処分の全部又は一部を取り消すか、のいずれか一に限る趣旨を規定し、課税額を増額することを許していないのも、畢竟右審査請求の制度が前記の通り納税義務者の救済を目的としたものであることを示しているものと解すべきであり、之等の規定を設けたことにより、従前の審査制度の本質を変更したものと解することはできない。以上に反する被控訴人等の主張は到底認容することができない。

(二)戦時補償特別措置法第三十一条には「政府は前条第一項の請求(即ち原決定に対する審査請求)があつたときはこれを決定し……なければならない」と規定してあり、右にいわゆる「これ」とはその請求(審査請求)自体の当否をいうものであることは、右規定の文理上明らかなところであり、即ち右請求が適法である限り政府はその当否を審査し、もし請求が理由のないものならば之を棄却し、又もし理由のあるものならば原決定の全部又は一部を取り消す決定をすべき趣旨を定めたものに外ならないのであつて、決して本件の場合のように原決定における課税額をその審査決定を以て増額するようなことを許していないことが明らかである。

然らば本訴請求中麹町税務署長の昭和二十三年八月十日附納税告知書に記載された戦時補償特別税金四億二千二十三万八千円につき、控訴人に納税義務のないことの確認を求める部分は理由のないものであつて、原判決がこれを排斥したのは相当であるが、被控訴人東京国税局長が昭和二十四年九月三日附審査決定通知書をもつてした前記審査決定の取消を求める部分は前記の右決定を以て課税価額を増額した部分に限り正当であつて認容されるべきであるところ、原審がこれをも排斥したのは不当であるから、民事訴訟法第三百八十五条、 第八十九条、 第九十二条、 第九十三条第一項を適用して主文の通り判決した。

(裁判長判事 内田護文 判事 原増司 判事 高井常太郎)

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